25年間の臨床経験からみえてくる、『欲』がある人は必ずしもダメとは言えない、ということについてお話しします。
『欲深い人』と言うものに出会ったことはありますか?
「ありますか?」
と言いましたが、私たち自身、いろいろな欲をもって生活をしています。
出会うまでもなく、私たち自身が、なかなか欲深いものです。
「おなかがすいたなぁ」
「もっとおいしいも述べたいなあ」
「お金がもっと欲しいなあ」
「高級車に乗りたいなあ」
「大きい家に住みたいなあ」
「いいパートナーと巡り合いたいなあ」
「子どもをいい学校に入れたいなあ」
これらは、簡単に言ってしまえば「欲」です。

人間の「欲」については、年齢が上がってもなくなるものではありません。
例えば、「性欲」は無くなりませんが、
「精力」が落ちる、という現象はあるでしょう。
結果的には、「欲」が無いように見えるかもしれませんが、
「食欲」などでわかるように、人間はほとんど生きている限り、
「食べる」
ということはやめられません。
眠ることも同様です。
一般的に、
食欲、性欲、睡眠欲、というのは、人間の生理的に持っている3大欲求と言われます。
ただ、人間の欲は、これだけでは収まりません。
所属の欲求や承認の欲求、その先には自己実現の欲求など
「~したい」
「~であったらいいのに」
という欲求は、人間の「生きる原動力」でもあるのです。
ですから、「欲求」自体は、問題になるものではありません。
問題になるのは、
『欲求の扱い方』
です。
モノが欲しいから奪う
今欲しいから方法や場を選ばない
という状況は、やはり困ります。

他方、
「何もいりません」
「欲しいものはありません」
「どうにでもしてください」
というような人も困りものです。
『自分はどうしてこんなに欲張りなのだろう』
と思うことは私も頻繁にあります。
ただ
佐生いう時には、「欲」を自分のためだけに「満たす」方法を考えるのではなく
できるだけ「周囲が納得する形」で、ということを意識するようにしています。
こうして文章を書いたり
平日の仕事をしたり
趣味に打ち込んだり
地域おこしをやってみたり
こうしたことは、みんな背景に欲があると思います。
むしろ、それがなかったら、
世の中、やってもやらなくても
どうでもいいことばかりになってしまいますから
もし、ご自身の「欲」があることを知ったら、
「どんなふうにしたら、その「欲」が社会のために役立つか」
を考えてみましょう。

「お金がほしい」
でも大丈夫です。
人に役立つことをして、お金をもらえたら、素晴らしいことです。
「いいパートナーがほしい」
これもいいじゃないですか。
素敵な家庭を作れるように、まずは自分を磨くのもよいでしょう。
欲は、自分も人も「良く」する力でもあるのですから。
