何人で生きているか

「あなたは何人で生きていますか」と聞かれたら、何と答えるでしょうか。

「質問自体の意味が分からない」と思うか「一人暮らしなんで一人です」と答えるか

「大勢の人にお世話になっているんで、たくさんの人と生きています」みたいなことをいうでしょうか。

どれが正解で、どれが間違いということではありません。ただ、このところ「自立」ということがとても両極端にとらえられている印象があります。

「子どもが独り立ちして家を出たんですよ」ということをお話しする方の「独り立ち」というのは「経済的な意味で仕事を始めた」ということでしょう。また、他方で

「あんたはもう大人だから、お父さんとお母さんは知りません」と突き放してしまう家庭も時々見られます。これもまた随分極端ですね。

心理学的に「自立」という言葉が定義されているわけではありませんが、心理学者で文化庁長官も務めた河合隼雄先生の言葉をご紹介すると

『自立ということは、依存を排除するということではなく、必要な依存を受け入れ、自分が依存していることを自覚し、感謝していることではないだろうか』と述べています。

なんだか、はたから見ていてべたべたしすぎの親子関係や、逆に自立させようと突き放しすぎの親子、いずれも「依存」か「孤立」かの両極になってしまうので辛くなるのかもしれません。

親子関係に限らず、私たちの人間関係というのは、お互いに必要な程度の依存が存在しています。依存という言葉がとっつきにくければ、信頼とか、あてにしている部分とか、そういうものかもしれません。

よく、小中学生の保護者の方とお話をしていて

「お子さんに、どんなふうになってほしいですか?」と聞くと、結構多くの保護者の方が

「一人でしっかり生きていけるように」

「人に迷惑をかけないでくれれば、どんなふうでもいいです」

みたいなことを言います。

けれども、本当であればそれは難しい、というか、本当に望ましいか微妙なところもあり

「人と一緒に生きていけるように」

「迷惑はかけるだろうけど、人と支えあって生きていってくれれば」

ということのほうが、より現実的なのではないかと思うことがあります。

「あなたは何人で生きていますか?」