窮屈なときに考えること

コロナの影響もあって、いろいろと窮屈な思いをしている方も多いかもしれません。

私個人は、ずいぶん田舎に住んでいますが、人口が少なければ少ないで、噂はすぐに広まり、「どこの家でコロナが出た」というくらいならまだしも「夜の店で酒を飲んで遊んで歩いているからこうなった」とか、あることないこと広がったりします。

これもまた窮屈なことですよね。

家の中に居るといると、今度は、家族同士でも細かいことが気になったりするかもしれません。

「洗面のあとに水場が拭かれていない」とか「ティッシュが空になっているのに箱をかえていない」とか、日常の生活の細かいところも、気になったりするかもしれません。

例えば、

「靴はちゃんとそろえて脱ぎなさいよ」と、子どもに対して思ったとき、あなたならどうやって子どもに伝えますか?

「玄関がぐちゃぐちゃだとみっともない」というのもあるかもしれません。

とりあえずこんな風に言ってみたらどうでしょう。

「自由になるためには、靴はそろえたほうがいいよ」どういう意味か、わかるでしょうか。

生活を整える、ということは、先ほどのように、面倒で窮屈なことも多いかもしれません。

けれども、例えば靴が揃えてあったら、出かけようと思ったときにすぐ靴を履いて出られます。

あっちこっちに家族の靴が散らばっていたら

「急いでいるのに!!」

とイライラするし、時間もかかるし、これは本当に不便、そして不自由です。

歯磨きをしっかりする習慣がついていたら、虫歯になって痛い思いをしたり、歯医者に行く時間や費用から自由になれます。

全部とは言いませんが、「面倒くさいこと」をやっておくと、その分、自由になれるのです。

また、面倒くさいことをいろいろやれる人は、「できる人」になり、信頼されます。

ポイントは、できていない人のことを指摘するのではなく、「自分は」面倒くさいことをシンプルにやることです。

そして、それが習慣になったら、今と違う世界になっているかもしれません。