
緊急事態宣言の続く地域や、局地的な豪雨にあたる地域など、オリンピックの開幕も近づいているようですが、落ち着かないような雰囲気が見られます。私も含め、読んでいる皆さんも間違いなく人間だと思われますので、いろんな状況にいろんな感情が動くのはもちろんのことです。
SNSなどを見ていますと、『なんでそういうことするの』というようなことをあえて投稿していたり、わざと人の不安や怒りを煽るような発言や行動をして、その反応を集めることによって注目されようとする炎上商法など、私たちの『感情』を意図的に不快にさせる経済活動も見られるようになってきました。

これは、本来、人の欲求を満たしたり、不足を補ったりすることで対価を得る、という『サービス』の原則を覆すもので、サービスの提供側と需要側の間に『情報』という見えない価値が発生していることによるのでしょう。外出や、他者との交流が思うようでない時であればこそ、そうした「サービス」のゆがみは人をいらだたせるものになるでしょう。

また、すでに経験されている方も多いかもしれませんが、大きな会社でも在宅ワークなどが浸透したかと思いきや、出勤が再開され、また在宅ワークに逆戻り、など落ち着かない就労状況の方もいらっしゃるでしょう。私個人は、逆にコロナが蔓延していても、出勤しなければならない仕事に就いていますので、これはこれでまた、在宅ワークがうらやましかったりします。
さて、いろいろな状況と、それに対する心の動きを書いてきましたが、これらはいずれも「原因」となる状況があり、それに対して「心が反応する」ということで成り立っていますね。だとしたら、状況が変化しないと、私たちはいつまでも「不機嫌」です。

もう一歩、進めてイメージしてみましょう。私たちは、「どうにもならない状況」や「ねじまがった情報」のなかに置かれて「不機嫌」になっているとしましょう。あなたは、どんなことを思い、どういう表情になり、どんなことを心の中で思い、行動しますか。その、あなたの行動すべては、次の結果の「原因」になります。
「あなたが不機嫌な顔をしているから」、周りの人を不快にさせるかもしれません。
「あなたが、ドアをパタン、とイライラして閉めた」ので、オフィス全体が嫌な雰囲気になったかもしれません。
「あなたが、電話対応で乱雑な対応をした」ので、お客さんは「こんなお店にもう行かない」と思ったかもしれません。

実際、どんなに気を付けていても、なにか間違ったり、失敗したりするのが、人間のすることです。
「ああ、不快だなあ・・・」と思うことは、世界の中には多々あります。これは間違いありませんから、その気持ちを殺してしまう必要はありません。
でも、何かの「結果」として自分が不機嫌になっているとしても、その不機嫌が、更に新しい不機嫌の「原因」とならないようにしたいものです。
