
「ちゃんと仕事していますか」
「ご飯は健康的なものをとって、運動をしていますか」
「任されたことに責任をもって、やり遂げていますか」
「人にやさしく、自分に厳しくしていますか」
「悪いことには一切興味を持たず、法律を順守して、約束をすべて守っていますか」
「人の気持ちを思いやって、困っている人を助け、善行をしていますか」
…もういいですよってなりませんか。
「わかっちゃいるけどやめられない」みたいなことは、必ずだれにでもあるのです。例えば、皆さんの家族、同僚、友達に「これはやめたほうがいいよ」って思うことをしている人がいるとします。
もちろん、法律的に明らかにダメなことは、やっぱりやめたほうが良いと思いますが、「法律」とまではいわないけど「ちょっとそれはさぁ・・・」っていうことを、喜んでやってる人っているものですよね。
趣味にはまりすぎ、とか、飲み歩きすぎ、とか、人の批判しすぎ、とか、服のセンスなさすぎ、とか、何でもいいですが、そういう人たちに、先ほどのような「正論」をぶつけたとしても、まったく効果はありません。
カウンセリングに来る非行少年なんかに「ねえ、非行はやめて、お父さんお母さん心配させるのやめようよ」と話しても、まさに
「うっせーわ」
と言われて、あとは一切お話しできなくなってしまいます。「なんで、そういうことするの」も、答えてくれないでしょう。
何故そうなるのか?
まず、「これはおかしいよ」という私たちの態度に問題があるからです。
自分のことに置き換えてみてください。「あなたはおかしい」「あなたは正しくない」という前提でかかわってくる人に、心を開いてお話ができますか?
私たちは、人の心を差し置いて「善悪」「損得」で話を勧めようとすることがありますが、おおよその場合、そうした対話は失敗に終わります。

他者と対話するときに、第一に必要なのは、「ジャッジ(審判)」ではなく「理解」だからです。あなたが本当に正しい人ならば、まずは相手を理解できるかどうかにチャレンジしてみませんか。
