『カウンセリングを受けた場合と、受けない場合のちがい』

カウンセリングは『医療行為』か

というところは、

医療制度によって変わるということは

前回のコラムでもお話ししました。

 

精神科医がクリニックで行うものは『投薬』と『精神療法』

心理職が行うものは、『心理療法』で、投薬は行えません。

 

『療法』としてやっている中身は同じです。

 

医療にかかわるものは「治療効果があります」

ということができますが

心理療法の場合は、医療と区別して、そのように言えないので

『心の健康増進に役立ちます』

という言い方をします。

 

このあたりはサプリメントなどで

『効きます!』

と言えないところとよく似ています。

 

やったほうが良いことは分かっているし、

歴史的にも行われてきたし

データ重視で行われている療法もありますが、日本の制度上はそうです。

 

海外ではまた別で、国や州で保険制度が適用されます。

 

もし利用される場合ですが、

臨床心理士や、公認心理士など、『公的資格』がある「カウンセリング」を利用することが前提となります。

 

では、最初から精神科に行けばよいのでは?

と思う方もいるでしょう。

 

この辺りが、心理学と精神医学の違うところで

例えば、精神医学では、家族の悩みに処方する薬はありません。

子どもの教育の問題には対応できません。

個人の心身の状態を「治療」する場だからですね。

 

ということは、病気として『診断名』が付きます。

 

カウンセリングは、心理学の知識を応用しますから、幅広い相談に応じることができます。

けれども、カウンセリングで「診断名」が付いたり、「診断書」が出ることはありません。

 

いずれも利用しない場合は、

いま紹介したような、医療も心理学も使わず、自力で解決する、ということです。

 

それができれば一番ですが

個人的な臨床歴から言えば

2か月続くような問題は、相談した方が早く解決したり、方向性が見えたりします。

『時間薬』という言葉があって

確かに時間が解決することもありますが

これまで、もっとも長く待って解決しなかった例は

引きこもりの15年です。

高齢になったご両親が、ずいぶん待ったが解決しなかった

といって、ようやく相談に来られました。

 

人間が生きていくうえで『悩み』というのは無くならないことが多いですが

『苦痛』というのは、何らかの方法で除くことができるものです。

 

例えば

『こういう問題があって、これはどこに相談したらいいのか』

という相談も、精神科ではありえませんが、カウンセリングの場合はありです。

 

経験が豊富なカウンセラーは、ちょっとしたことでは驚きませんので

内容の大きい、小さい、昔のこと、今のことなど

『こんな話をしたらどう思われるか』

ということは心配無用です。

カウンセリングって何をするの~精神療法と心理療法・カウンセリング~

「カウンセリングをうけてみたら?」

「話を聞いてもらえば楽になるんじゃない?」

「なにかおまじないのようなことをされるのでは?」

「催眠とかで、眠らされたりしないか心配」

「精神科に行くのと何が違うのかわからない」

 

カウンセリングという言葉は、世の中に浸透してきましたが、まだまだカウンセリングとは何か、ということを正確にお話しできる人は少ないと思われます。

まず、精神科と何が違うのか

といいますと、簡単に言えば『精神科は薬物療法が中心』ということです。

 

例えば、

不安が強ければ、不安を抑える薬

抑うつがあれば、気分を改善する薬

というように、「脳内物質や器質的な不調」に対して医療行為を行います。

既に、生活にひどく支障がでているような場合は、精神科の投薬治療をうけることが必要です。

一方、心理療法は、投薬治療以外で心理的な不調の改善にアプローチしていく方法です。

対話を基本とした方法(カウンセリング)もあれば、自律訓練法などのように、心身両面に働きかける方法もあります。

また、過去の経験を重視する方法もあれば、今現在の在り方に焦点をあてる方法もあります。

そうした様々な方法の中から、最適なものを選択し、実施するのがカウンセリングです。

精神科で、投薬治療と合わせて行われる場合は、精神療法と呼び、

精神科以外で主として心理職が実施する場合には心理療法と呼びますが、

基本的には同じことです。

 

例えば、「緊張」という症状があった時、自分で原因がわからずに緊張するのか、これまで何度も人前にでて失敗を経験したから緊張するのか、では意味が違うように、投薬で押さえたほうが良い場合と、投薬だけでは根本的な改善をしない場合があります。

これは、風邪をひいたときに熱さましを飲んでも、一時的に熱が下がるだけなのと同じです。

 

欧州などでは、精神科の投薬治療に至る以前に、必ず心理職がサポートをすることで、精神科薬を減らす取り組みをしています。

ところが、日本は、反対に投薬が必要になるまで我慢して、悪化してしまってから心理療法を頼りにする傾向が見られます。

どちらがよいかは、いうまでもないところでしょう。

カードの裏の〇×を当てるゲーム?

【カードの裏の〇×を当てるゲーム】

あなたの目の前に、赤いカードと青いカードをだします。
ひとつには→〇
もうひとつには→×が書いてあります。

〇の書いているほうを当てたら
1,000円プレゼントします。

すきに選んでもよいですが、
私は答えを知っているので、良いことなので、おしえてあげましょう。

「赤を選んでください。」

といわれて
あなたは、赤を選びました。

そうしたら×が書いてありました。

・・怒りますよね。

 

「じゃあ、今のは、無しにします。
もう一回やりましょう。どれにしますか?」

あなたは、青を選びました。

「分かりました、青ですね。
1,000円が欲しいわけですね。」

・・いや、残念ながら

「実は、全部でカードは3枚あって、、、
透明なカードがもう一枚あり
あなたが選んだ青には何も書いてないのです。」

・・ずるいですか? そうですよね。

 

では、
ちょっと、確認してみましょう。

A.私が赤をすすめて赤を選んでだまされた時
or
B.自由に選んでだまされた時

AとBどちらがより、腹が立ちましたか?

 

多分、
私が赤をすすめたほうだと思います。

なぜかと言えば
自分で選ぶことすらさせずに、失敗したからです。

カウンセリングでは、あなたの選択を尊重します。
私たちの価値観を押し付けることはしません。

 

もちろん、様々な情報や、これまでの経験からのお話、

そして心理的な支援は行います。
けれども、

カウンセリングは、少なくとも赤いカードがよいだろうと、
あなたにわざと選ばせることではなく
いろいろな情報を提供し、専門的に対話しながら
自分で後悔の無いところにたどり着いてもらうことです。

それが、どんな相談であっても
病気のことでも
仕事のことでも
恋愛のことでも
家族のことでも
お金のことでも

カウンセリングは、
今、納得がいかないこと
思う通りでなくどうしようもないこと
解決の糸口が見つからないことについて
あなたが納得のいく、自分の有り方にたどりつくための、お手伝いをします。

 

右利きと左利きの世界

25年間の臨床経験からみえてくる、右利きと左利きの世界、ということについてお話しします。

 

研究ネタがつづいて恐縮ですが

わたしは心理検査法、というものも研究対象にしていました。

 

大学教員をしていたころは、学生に検査法を教えるプロセスとして、心理検査を体験してもらい、それをもとに研究をしたりしていました。

 

風景構成法

という簡単な落書きみたいなテストがあります。

これは、一枚の紙に、家とか木とか人とか川とか山とか

そのあたりにあるような風景を描いてもらうことで、その人の心理的状態を推察するものです。

 

わたしは個人的にはこのテスト法を得意としていましたが

何年かやっているうちに

疑問に思うことが出てきました。

 

一般的な解釈ほうが、あまり通用しないケースを

同様の条件で感じることが多かったのです。

 

 

それが『左利き』でした。

 

学生が100人いますと、3.4人は左利きの学生がいるのですが

右利きの学生と、左利きの学生では、

同じ紙に描いた絵と、分析方法が反対になるのです。

 

あ、

断言はできませんね。

 

反対になると考えられるのです。

これは、心理学的にどういうことかというと

簡単に言いますと

過去と未来、という時間軸のとらえ方か異なっていて

例えば、この文章を読んでいる方にちょっとイメージしていただきたいのは

 

横置きのA4の写真があって

人物が、紙の左側にいて、右上の角を見ているところをイメージしてください。

 

これは、なんとなく、希望を感じませんか?

予備校のポスターなどは、だいたいこの構図なはずです。

 

こうしたイメージが左利きの方は逆向きになりやすいのです。

 

私個人としては、

人物が右に立っていて、左上を見ている写真は、なんとなく過去向きに見えてしまうのですが、

どんな感じでしょう。

 

 

これについては、どちらが正しいということでも、良い悪いでもないのですが、

身体的特徴である

利き手の違い

だけでも、心理検査の結果は変わってきます。

 

ということは、外見的なところや、

身体機能的なところを見ることで

性格を把握できるものもあるのかも

という、ちょっと楽しい人間観察の視点になると思いませんか?

名前の妙

25年間の臨床経験からみえてくる、近年キラキラネームという言葉がありますが、名前にどんな効果があるか、ということについて心理学的にお話しします。

 

あなたのお名前は何ですか?

 

わたしは、職業柄、いろんな方のお名前とも接するので

どうしてこういう名前が付いたんだろう?

とか

変ったお名前だけど、どんな由来があるんだろう

というような疑問を持つことが度々あるのです。

 

 

もちろん

同じお名前に出会うこともありますから

その時は、

『前の〇〇さんは、こんな方だったなあ』

なんて思うもこともあります。

 

嘘みたいなホントの話ですが

少年院で教官をしていた時

度々目にした名前が

『正義』

でした。

いまもそうだとは思いませんが

なんだかちょっと皮肉な感じがしたものです。

 

それで

大学の教員になった時、数年にわたって、名前と性格の調査をしたことがあったのです。

 

根拠としては、何もないですよね。

名前で性格が決まる、なんていう心理学はありません。

ですから、

名付け親との関係性や

自身の名前に対するイメージ

名前の由来を知っているか

というような構成で調査してみました。

 

300人ほどでしたが、

概ね、次のような結果でした。

 

1.名付け親との関係が良いと感じているほど、名前への肯定感が強い

2.名付け親との関係が良いほど、名前の由来を肯定的にとらえている

 

当然のように思うかもしれませんが

これは、結構大切な結果です。

 

 

つまり

名前に込めた親の思いがあるとしたら

親子関係を大切にしないと、反対の方向に行く可能性がある

ということも含んでいます。

 

逆に、こう見ることもできます。

 

今のあなたの生活や、行動は

名付け親が望んだ願いを多少なりとも実現している感じですか?

 

それとも反対ですか?

 

少ない調査ですから、もちろん絶対ではありませんが

名前に込められた生き方が表現されているかもしれないのです。

 

人にあったら、好意的に聞いてみましょう。

あなたのお名前は?

その「方向」はどこ向きですか?

25年間の臨床経験からみえてくる、人や自分のやっていることには、いろんな意味があるのですが『その「方向」はどこ向きですか』ということについてお話しします。

 

さて、

あなたに、家族がいるとして、

仕事から帰ると、玄関に鍵が閉まっている。

そんなに遅くないのに、家の電気は消されていて、ご飯は雑に盛られたものが冷蔵庫に入っている。

という状況に出くわした時

どんなふうに対応するでしょう。

 

『まあ、いつもと同じか』

とため息をついて、レンジでチン。

という方もいらっしゃるかもしれませんし

『こんなのやってられない』

と、家族を探して文句をいう方もいるかもしれません。

 

心理検査の中で、『P-Fスタディ』というものがあります。

 

これは、今のような

『欲求不満場面』のイラストを見せられて

その時、あなたがどういう姿勢でその物事に向かうか

というものを見るテストです。

 

『自分は中立だ』

と思っている人でも、結構偏りがあるもので

問題を解決しようとする姿勢が強い人

他者を非難する人

自分が悪いのかも、と内省する人

まあ仕方ないかなと放っておくひと

というような、傾向があるものです。

 

 

もし、いろんな状況が重なって、ちょっと辛いなあ、と思った場合には

その大変だと感じた状況をいくつか書き出して

それに対する「気持ち」「とった行動」をメモしてみてください。

 

そうすると

問題解決的なのか

他罰的なのか

自罰的なのか

無罰的なのか

ということが何となくつかめます。

 

どれが良くて、どれがダメ、ということではなく

偏りすぎていると、自分がしんどかったり、周りの人が辛かったりする、という目安になりますよ。

適切に損する工夫をすると得をする

25年間の臨床経験からみえてくる、「適切に損する工夫をすると得をする」、ということについてお話しします。

 

言うまでもなく、私たちには『損得勘定』というものがあります。

あまり、きれいな言葉ではありませんが

まったく損得を考えない人、というのは、ほぼいないでしょう。

 

そういう私も、

「これは、やるだけ損だな」

「これは、あの人がずいぶん得してるな」

というような、物の見方をしています。

 

今回は、それが良くないというお話ではありません。

これは

カウンセリングの中でもよくある

『あの時、ああしておけばよかったのに・・・』

『もしも、こうだったら、私は今、こんな風じゃなかったんです』

というお話にも通じるところです。

 

 

わたしたちが、後悔のない人生を送る、ということは、

実は、究極的に言えば不可能ではありません。

かなり難しいですが、理屈的には可能なのです。

 

そのポイントが、『適切に損する』ということです。

 

どういうことかといいますと

わたしは、今はこんな文章を書いたりしていますが

ほとんどの人が経験したことのない『高校浪人』というものを経験しています。

 

決して、いい高校を受験していたわけではなく

本当に勉強しなかったのです。それなのに、先生のアドバイスを無視しで、合格ラインにない高校を受験したのです。

結果、1年の浪人となり、高校には普通より1年遅れていきました。

 

 

これだけにフォースしたら

「人生の最初で躓いた」

「みんなより1年遅れた」

みたいにして、その後落ち込んで生きることもできます。

たしかに、大学には、浪人せずに入りましたが、個人的には、高校の1年遅れが気になって、なかなか友達に話せないこともありました。

けれども、心理学を専攻するようになって、難しさを抱える子どもたちと接するときには、この経験はとても役に立ちます。最初からまったく失敗も経験していないカウンセラーさんたちとは、違いますものね。

これは、結果的に

「損でしたか」

 

他にも、たくさんの失敗や、損失をしてきたのですが、

おおよその「損」「失敗」というのは、

それからの生き方で、いくらでも回収可能なもので、むしろ役立ったりするのです。

 

 

ですから

ポイントとなるのは、

『損の出し方』

『失敗の仕方だ』

と経験から言うことができます。

 

他にも、いろんなダメ出しがあるのですが

もし、今後、皆さんのご相談にのることがあれば、いくらでもお話いたしましょう。

 

せっかくの失敗を、ほんとの失敗にしないことです。

楽しみを見つける方法

「何か面白いことはないかなあ」と探していませんか? 25年間の臨床経験からみえてくる、『楽しみを見つける方法』、についてお話しします。

 

皆さんは、少なからず「趣味」というものを持っていますか?

もしくは、好きな食べ物でもいいし

子どものころにはまっていたものでもいいです。

 

わたしは、小さいときから「カメラ」が好きで

写ルンです、みたいな簡単なカメラとか、チェキとかみたいなものとかも含んで

「撮る」

ということが好きです。

現在の仕事でも、毎日カメラを使っていますが、

これは、ぜったい必要な業務というよりは、かかわってくださっている利用者の方を喜ばせるために役立っている趣味みたいなものです。

 

時々、コンテストなどに応募をすると、賞をいただくこともあったりして

家族も、地域の方も喜んでくれたりします。

 

カメラで撮る女性のイラスト

 

でも

「写真について勉強してみようかな」

と思ったのは、ほんの数年前からのことでした。

 

この頃のカメラは、大変性能が高くて

自動でピントを合わせてくれるオートフォーカスはもちろんですが

何なら、人の瞳にかっちりピントを合わせて、すごく素敵(に見える)写真を

誰でも簡単に撮ることができるのです。

 

10年前に、プロの写真家が、「プロの技術の証」としてやっていたことが

今や、素人がボタン一つでできてしまうんですね。

 

これはすごい!

 

でも、ちょっと待ってください。

 

だれでもできることは、すごくないんです。

 

そして

誰がやっても、同じクオリティーでできることについては、

それができてもぜんぜん楽しくないのです。

ボタン押すだけですものね。

 

一部では、

押すだけでプロっぽい写真が獲れるのをいいことに、

女の子たちとのデートのグッズとしてカメラを利用している輩もおりましたが、

それは、楽しみの場所が別のところにあるわけで。

 

製図する男性のイラスト

 

そこで、私が取り入れたのは「オールドレンズ」でした。

 

すごい、性能の良いカメラに

わざわざ全部手作業のレンズをくっつけて楽しんでいます。

 

ところが、そうしますと、周りの人とは違う

なんだか味のある写真が撮れる、ということで

今度はそれが喜ばれたりするのです。

 

現代で、簡単になっているものには、実はたくさんの手間が含まれていて

その手間の部分に楽しさがあったりします。

 

ボタン一つで済んでいることを、自分でやってみると結構楽しいもので

それが、あなたの価値になったりすることもありますよ。

好きなものの中で、試してみてはいかがでしょう。

 

KIRIHARE所属 臨床心理士

季節の好みはありますか?

冬は寒くていやだ、という方もいらっしゃるでしょう。今が人生の冬のようだと感じる方もいるかもしれません。25年間の臨床経験からみえてくる、『季節の考え方』、についてお話しします。

 

私の住んでいる地域は、今年はとても雪が多く

「雪かき」の作業がとても苦痛に感じることがあります。

 

それで、たまりかねて

40万円もする「除雪機」を購入したのですが

※除雪機としてはこれでも安いほうです

今度は、半導体不足で、納品が2月になるとのこと。

 

冬が終わってしまうではないかとは思いますが

半導体不足とか、エンジンの部品が海外から来ないとか

そのあたりは、販売店に文句を言っても仕方ないので

「まあ、こういう風に過ごせということかな」

と、仕方なく人力で頑張っています。

 

雪を投げる人のイラスト(冬)

 

わたしは、以前は夏の暑いのが嫌で、冬の寒いほうが厚着をすれば済むから

そっちのほうがいい

と思っていましたが

最近では、寒いほうがつらくて、夏の暑いほうが、世の中もにぎやかでこっちのほうがいい、と思うようになってきました。

自分ながらに、勝手な話だと思います。

 

「人生すべて塞翁が馬」

というお話は聞いたことがあると思います。

家から馬が逃げてしまって、周りに気の毒がられたところ、その家の人は

「これは、いいことにつながるはずだ」

といった。その数か月後に、逃げた馬が、たくさんの馬を連れて戻ってきた。

これは幸運ですね、と周りの人が言うと、その家の人は、

「これは不幸につながる」

といった。その後、その家の息子が落馬して、足を怪我してしまった。

これは不幸でしたね、と周囲の人が言うと

「これは、幸運につながる」

と家の人はいった。

しばらくして起こった戦争に、足のけがのため行かずに済んで生き残った。

 

ひまわり畑のイラスト

 

こんな感じのお話です。

これを「塞翁が馬(さいおうがうま)」といって、「なるようになる」と説明する方がいるのですが、本来は、「禍福はあざなえる縄のごとし」ということを言っているのでしょう。

良いことばかりでも、悪いことばかりでも世の中は成り立っていない、ということです。

 

ですので、今、よいときだなと思うのであれば、よくないこともイメージしておくことが必要ですし、現在がつらいのであれば、必ず良いことが来るでしょう。

 

だって、世界は、「季節」一つをみても、そういう風にできているのですから。

 

KIRIHARE所属 臨床心理士

人に迷惑をかけているという想い

人に迷惑をかけてはいけない、と私たちは小さいころから言われます。25年間の臨床経験からみえてくる、『他者に対するちょうどいい迷惑のかけ方』、についてお話しします。

 

『何をしてもいいから、人に迷惑をかけない大人になってほしい』

『自分で生きていけるようになってほしい』

 

これは、保育園や幼稚園、小学校、中学校で講演などをしたときに

「どんな大人になってほしいですか」

と保護者や先生方に聞くと、必ず帰ってくる回答の一つです。

 

というのも、現代というのは「自由」と「権利」が根底にありますから

他者の自由や権利を侵害してしまうと犯罪として扱われてしまいますし

他者をあてにしようとすると、それらは「サービス」としてお金がかかりますから

自分のことは自分でできていないと、大変生きづらい社会である、ということもあるかもしれません。

 

皆さんも、子どものころには、一度は言われたことがあることでしょう。

 

フラワーアレンジメントのイラスト(バスケット)

 

でも、臨床を長くやっていますと

「そんなことは無理だ」

ということがわかります。

 

世の中が複雑化していますし、人と人とのコミュニケーションが複雑になって、多様化して、入れまでの単純な価値観からは変わってきているのです。

これまでの価値観で、自分が良かれと思って言ったこと、やったことですら、「迷惑」になってしまうことだってあるでしょう。

 

ですから、少なくとも

「人に迷惑をかけない生き方」

ではなく、

「できるだけ、人に迷惑をかけないように気を付ける生き方」

くらいにしておかないと、苦しくなってしまいます。

 

アジサイのイラスト

 

その一つの改善方法は、「質問する」ことです。

「これってどう思います?」

「こうだったとしたら、どんな感じがします?」

 

このくらいを聞いてみることで、人との関係はずいぶんましになります。

 

「良く」ならなくてもいいので、

「少しだけまし」になってみてはいかがでしょう。

 

ちょっと聞いてみる、くらいの迷惑で、だいぶ改善されることもあるかもしれませんよ。

 

KIRIHARE所属 臨床心理士